強くなる性自認への違和感
無事に浪人時代も終わり、大学に入学することができた。
そして、浪人時代に感じていた性自認への違和感も、受験勉強から解放された大学生活では自然となくなることを願っていた。
しかしそんなことはなく、むしろ日に日に違和感は強くなるばかり。
外見も男性寄りになってきていたため初対面の同級生や先生には“男性”と間違われる事が多々あった。
それが心地よくありながらも、自分でもどう振る舞っていいのかわからない時期が続いた。
女学生としての大学生活。
使用するのは女子トイレに女子ロッカー。
でも見た目は男性。
トイレに行くのもロッカーに行くのも
二度見される日々。
特に女子ロッカーではギャル集団に
“何あいつ!女!?”
のようにひそひそ声で噂され、白い目で見られていた。
(その集団のうちの一人が後の僕の妻になることは、当時誰も予想できないだろう笑)
初めての彼女
大学に入学して華の学生生活が待っていると思っていた。
しかし、僕は受験に一度失敗している浪人生。
そして性別にも悩みを抱えている人間。
自分自身が無意識のうちに周りにバリアを張っていた。
そんな中、インターネットの世界にいるLGBT当事者との繋がりを見出し始める。
最初にはまったのは、ソーシャルコミュニケーションサイトのGREE。
そこでFTXの子と仲良くなりお付き合いを始めた。
(FTX:Female to X 体は女性、心はどちらでもないまたは中性または両性)
当時はこんな自分にも“彼女”ができた!と舞い上がっていた。
その後も、レズビアンの出会い掲示板で出会いを求めたりと
学校外に出会いを求めて遊ぶようになっていた。
そして紆余曲折ありながらも、またGREEで出会った沖縄の子とお付き合いを始めることになる。
背中を押した元カノの一言
僕は女学生として大学生活を過ごしつつ、彼女の前では“彼氏”として振る舞っていた。
もちろん性自認は男性であったため、彼女の前で男らしくありたいという気持ちは常にあった。
“早く治療して男になりたい。”
そんな気持ちがどんどん強くなっていく一方
“本当に治療を開始してもいいのだろうか。”
という不安があったのも事実。
現在日本で戸籍を変えるためには性別適合手術を受け生殖器を摘出しなければならない。
家族にも自分が性別に悩んでいることを伝えていない。
心許している数人の友人にはカミングアウトをしていたが、学校に伝える勇気はなくいつまでも女学生として生活している僕。
こんな僕が本当に男性として生活していけるのだろうか。
それに厳格な両親がこんなことを考えている僕のことを受け入れてくれるのだろうか。
そして何より
性別適合手術をして僕は後悔をしないのだろうか。
という不安からずっと踏み出せずにいた。
そんな僕を見ていた当時の沖縄の彼女が一言
“まきってさ、
いつも男になりたいなりたいって言っているけど、ただ夢を語ってるだけだよね。”
本当にその通りだった。
その言葉で目が覚めた。
いつも口だけだった。本当に生きたい性別で生きるなら、行動しないと何も始まらない。
その言葉を言われてから、大学1年生の時からダラダラと行っていたジェンダークリニックのカウンセリングに再度通うことを決意する。
FTMの大学生時代(治療編)に続く。
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