FTMの幼少期

自己紹介

長女として生まれる

1989年8月沖縄で長女として生まれすくすくと成長。


そして幼少期は沖縄の中でも特に大自然に囲まれた地域で育つ。

どんだけ田舎だったかというと

車を走らせていたら道路をヤンバルクイナが横切る、とか
(ヤンバルクイナ:沖縄に生息する鳥の中でも唯一飛べない鳥。絶滅危惧種。)

父さんが朝ごみ捨てに出たらでかいヘビに遭遇、とか

友達と遊びに行くところは山か川か海しかない、とか

山ではターザンごっこと野鳥観察・海ではひたすら釣り、とか

自転車の補助輪を外す練習のために有無を言わさず補助輪なしで山道を下らされる、とか

(最後のは関係ないか笑)

そんな感じで自然豊かな場所で大きく育っていきました。

幼少期の性自認

自然のおかげ?もあってか
僕自身はその当時女の子の体で生まれてきたことに対して
何も違和感はなく、性自認に疑問を抱くことは全くなかった。
性自認:自分が自分自身のことを認識する性別

わりと“性別違和(性同一性障害)”と言われる方は幼少期から
自分はいつちんちんが生えてくるんだろう”と
思う当事者の方が多いと聞くが

僕にはそのような気持ちは一切なくて

女の子おままごとをするのも好きだし
男の子ヒーローごっこをするのも好き。

当時は特に性別の概念なんてなかったんだと思う。


ただ、これだけは覚えているのが

たまに保育園と近所の中学校の交流で遊びに来てくれたお姉さま方や同じ保育園の女の子友達
つまり同性恋心のような気持ちを抱いていたこと。
でも、周囲から仲のいい男の子との関係をはやし立てられても
”まったくもー。何言っちゃってんのよ♡”と
まんざらでもない気持ちだったこと。(笑)

そして、保育園の行事は全て積極的に参加していた自分が
パンツいっちょになるプールの時間だけは頑なに拒否をしていたこと。

今振り返れば
この頃から恋愛対象は男性・女性どちらものバイセクシャルだったのかなと。
バイセクシャル:両性愛者。男性も女性もどちらも恋愛対象であること

そしてパンツいっちょになることに対しての抵抗感は
ただの恥じらいなのか性自認への違和感なのかは自分でもわからないけど
自分の性に対しての気持ちというものは、この頃からあったのかなと考えている。

ただ、僕には多くの当事者が抱えるような
幼少期からの違和感というものが無かったがために、これから先の性別移行期に悩む問題の一つになった。

→FTMの小学生時代へ続く。

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この記事を書いた人
MAKI

0歳
女として産まれる
18歳
自分が何者かわからなくなる
24歳
戸籍を男性に移行
27歳
シス女性と結婚
AID 反対の両親を4年かけ説得
30歳
シリンジ法にて妊活を開始  
31歳
FTMパパになりました。

女性として生きていた時から男性そしてパパになるまでの自分の過程を綴っていきます。

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